今年、関西の某ホールで公演をした時に、設置されていたピアノのコンディションが悪くて頭を抱えた。YAMAHAの前身 「 日本楽器/NIPPON GAKKI 」 の頃のフル・コンサートグランドだったから、軽く40年は経っている。おそらくその間ハンマーヘッドの調整は1回やったかやらないか ・・・・・・ と推定された。
とにかくハンマーヘッドのフェルト部分がカチカチで、音色どころか音質がパリンパリン。ここまでハンマーヘッドが硬化していたら、もはやタッチや左ペダル ( una corda ) で対処する事も出来ない。
そこの専属調律師にハンマー調整による整音を指示したところ、「 出来ない 」 と言う。しかも、あろう事か 「 調律で出来るだけ対応 」 とか抜かしたのには唖然とした。調律と整音は全く別の作業である。
調律師が作業を終えてホールから姿を消したところを見計らって、扉に内鍵を掛けさせ、私はピアノの蓋を外してアクションを引っ張り出し、スタッフに借りた安全ピンを使ってハンマーヘッドに針を打って行った。88鍵分全部であるから時間の掛かる作業になったが、自分のリハーサル時間を犠牲にしても硬化したハンマーヘッドを軟らかくしないといけない。針を打ってはアクションを押し戻して音色確認、またアクションを引き出して針調整・・・・を繰返す。
本来なら、ハンマーヘッドに針を打つ
普通ピアニストは演奏だけ担当し、ピアノ調律は調律師の担当だ。だが、調律師の意識レヴェルや技能が低かったりして、尚且つピアノに難があった場合、取り敢えずのハンマー調整くらいは出来ないと大変な事になる。年に1~2回は調律工具・整音工具が必要になる場合があるから、私はひと揃え自宅に用意してあるのだが、このたびのアクシデントに備えて
ピッカーは4本針のものと1本針のもの。腕利きのコンサート調律師ならば、5本針や7本針のものを自作あるいは特注して持っている。私の4本針ピッカーは通常販売品だが、1本針のものは懇意のコンサート調律師に作成して頂いた。
私は小学校から中学2年の半ばまで、早期音楽教育家の家に内弟子として住込み、そこから学校に通っていた。教育家の先生のご主人は、日本調律師協会の会長経験者である。そのため自宅にはピアノ作業工房があり、私は調律工具や整音工具にまみれて育った。だからピアノの基本的構造はよく知っているし、住込みの若手調律師のお兄さん達から作業のやり方も習っていた。ハンマーヘッドにピッカーで針を打つ整音作業は経験を必要とする熟練の作業であり、簡単には出来ない。ただ、最低限の整音・部分的調律くらいは出来るようにしておかないと、場合によってはカチンカチンの音しか出ないピアノでコンサートをしなければならなくなってしまう。
コンサート会場に自前で調律師を連れて来られるホールと、専属調律師にしか調律させないホールとがある。ホール専属調律師が管理しているピアノで、マトモなピアノに出会った事は一度もない。ハンマーヘッド調整 ( 整音 ) が出来ない・・・・或いはヘタクソな調律師が専属で囲われていた場合、ある種の覚悟を決めなければならない。私が東京圏と東北圏でそれぞれ超一流の名人調律師に頼っているのは、調律・整音でコンサートの出来映えが半分以上左右されるからだ。
12月20日の仙台クリスマス公演は東北エリアで頼りまくっている遠藤名人のお陰で、普段知っていたそこのピアノとは似ても似つかない 「 名器 」 になっていた。私みたいに演奏者が二流であっても、コンサートを担当する調律師は超一流でなければならない理由がここにある。
一昨年の秋にハンマーを全交換した際、旧ハンマーのヘッドをいくつかそのまま頂いた。整音作業の練習用に大いに役に立つのである。ピアニストは、時としてこうした作業も出来るようにしておかなければならない。本来ピアニストがやる作業では断じてないのだが、演奏会場のピアノのハンマーがカチンカチンで尚且つ専属の調律師が 「 オハナシにならないレヴェル 」 だったとしたら、にっちもさっちも行かなくなって泣くのはピアニスト本人だからでありますね。